「福を呼ぶ文字処Scye(サイ)」のHPへようこそ!

 

『あなた自身を地球上の魂と考えて、 あなたの使命とどのような方法で、 ひとりの人間が世界をより佳くできると思いますか?』

この問いかけに・・・

わたしは

「名前」×「文字」  

という方法で応えます。

大いなるものに生かされ日々を営みながら、次世代へとつなぎ、

感謝と未来の安寧と幸福を願う祈りを言葉に込めてことほぐ。

その「想い」を、「音」(の持つ波動=力)に託し、

「文字」というカタチ(=方向性)に落とし込むと、

そこに「本質」に触れる力が孕まれ、

あなたそのものが産み出されることとなる。

それがこの世界への関わりの始まりとなるということなのです。

ところで、

あなたはこういう形をご覧になったことはありませんか?

この図のように、直径を等しくする2つの円の中心がお互いに相手の円周上にくるように交わった時にその真ん中に形成される形で、

その2つの円が交わった部分が「ヴェシカパイシス」と言われています。

                 

2つの円が重なるこの水色で示されている空間が、創造の源
 
このカタチは、クンダリーニシンボルとも言われていて、
 
古くメソポタミアの時代から信じられていたものでもあるとのこと。
 
以下のように、クリエイティブエナジーともされています。
 

『Vesica Piscis is given as a name to the area where two circles intersect and are the fundamental key of sacred geometry. In many of the ancient traditions, the Holy Being, Creator Energy was represented by the circle. Perfect shape and proportion signified the Creator, who had no beginning and no end. This is the creative energy that was believed to have existed before the universe was created, in the beginning when there was no creature yet.         

Ancient Mesopotamian beliefs: Vesica Piscis 18/03/2022)SyriacPress』

このカタチは創造の源であり女性器にも例えられることがあります。(実は、このカタチを「お守り」としてご奉仕している有名なお寺も京都にあるんですよ!)
 

タロットカードの大アルカナにも、、、こんな風に表されているカードがあります。

このカードは「世界」を表しており、

実現、喜びに満ちた魂、完璧な世界を示しているそうです。

 

 

 

 

 

またキリスト教においては、『魚の浮き袋』と言われ、キリストが昇天するときに乗る乗り物のシンボルとなっています。(魚の形の中に書かれているのは「栄光」という意味だそうです)

 
もう少し具体的に見てみるとこんな風に図像化されてもいます。
 
        
 
同じように建築物の構造としても、そこにその痕跡を見つけることができます。
 
   

                                      

 

実はわたし達自身のカタチももれなく関係していて、

例えば下の写真は自然界の中に見ることができるヴェシカパイシスのカタチです。

外見からは想像もつかないでしょうが、私たち人間も、幾何学形な道筋を通った末の産物です。            

その象徴たるものが受精卵です。

何億という精子の中から、卵子にたどり着いた、たったひとつが卵子の中へ入っていきます。

そこで精子の尾が外れ、精子の頭の部分が卵核とちょうど同じ大きさの球体になると…

次第にその二つが融合して、ごらんのとおりヴェシカパイシスを形成しました。

そしてその先についに「にんげん」へと産み出す過程へと移っていくことになるというのです。

名前というヴェシカパイシス

わたしはそれになぞらえて、

一人一人に名付けられた「名前」こそが、

その生み出された存在としてのヴェシカパイシスであろうと考えています。 

 

 

同じように、

こんな風な考えもあります。

これは、人がどのように成り立っているかを示しているものですが、

 

「身体」「精神」の大きな円が描かれていて、その重なりに「魂」が示されてます。

これ全体がまさに、「いのち」を示しているものと言えるでしょう。

「名前」(産み出されたもの)

それはつまり、あなた自身(いのち)=霊性そのものです。

この、

スターティングポイントである本来の姿を取り戻す、つまり再びその「創造の源」と結ばれ、じぶん自身が発露となり、この世界に関わること(じぶん自身が創造主となること)。

そう、この「霊性を取り戻すことが肝心なのです。

わたし達はもともと霊性そのものだからです。

残念ながらどうやらわたし達は、多くの場合それを見失ってしまっているようなのです。

だって、わたし達の多くは身体がじぶん自身だと思い込んでいるからです。

誤った空間認識がどうやらそうさせているようなのですが、ひとまずここでは「意識」について考えてみることにしましょう。

「意識が変われば世界は変わる」

  黄金律 

 21世紀は「いのちの時代」 

と言われる今だからこそ、

「いのち」や「生きる」、あるいは「認識」という言葉をキーワードにして、一度きちんと「生きること」そのものを捉え直す必要があると思うのです。

何が今求められているかというと、

自らを起点とした内発的な行動や価値を生み出す(能動的に生きる=自らが創造主となる)こと、そして、それが今までとは異なる行動様式を生み出すことです

つまり、本来的な在りようそのものの真実の姿を捉え直して、世界をもう一度見つめ直してみるということ。

どの立ち位置(視座・認識)でこの世を見るかによって、あるいは、この世をどの位置から見ることが真実となるのか、そして、その結果物事を全く異なった風景として見ることができるようになるのか、、、なのです。

自分の意識が変われば、世界そのものも変化します。

そう、

要するに「意識の転換」です。

ややもすれば外部の世界に向けて遠く夢見がちな自分自身を律して、目の前に繰り広げられる事象をしっかり見ていくこと、

それはつまり外側へ向きがちな意識をくるりと転換してそれを内面に向けましょう

まずはそれからです。

何よりも大切なことは、深く深く自分自身そのものを見つめ直すことです。

受け取るだけの人生(受動的)から、生み出す人生(能動的)を手にしましょう。

先人達は次のように言います。

『されば、今日をよく生きよ!』

今日この日を見よ、
それこそが人生、人生の最良のもの

その束の間にあらゆる現実と真実がある
成長の喜び、
行動の輝き、
力の栄光。
昨日は記憶にすぎず、
明日は空想にすぎぬ。
だが今日をよく生きれば全ての昨日は幸福な記憶となり、
すべての明日は希望の後継となる。
されば、今日この日をよく生きよ。

「サンスクリットの讃歌」

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だから・・・

かの分析心理学者である

C・G・ユングの言葉を借りるならーー

『・・・もしこの世の中をより良い場所にしたいなら、    まず、我が家から、自分自身の心の庭から始めなければならない・・・』

と言う事が重要なポイントとなるのかもしれません。

視線をはるか未来や他の次元などの、

あらぬ方向に注ぐのではなく、ともかく足元です。

このやり方は、もしかしたら遠回りに見えるかもしれませんが

まずは、

目の前に繰り広げられる現実からしっかり見ていくことにしましょう!

「意識」という大海原へと漕ぎ出そう!

わたしは「意識が変われば世界が変わる」と先にお伝えしました。

しかし、「意識」という大海原へ漕ぎ出すと言っても、そこはあまりにも広大すぎます。

しかもそれは、今までと同じように「外側」へ開いていくのではなく、

今までとは逆の方向に「反転」させ、あくまでも「内側」へと開いていこうとする大航海なのです。

でも何れにしても、

ともかく『まず己の足元を掘れ』です。

「己の足元」つまりじぶん自身です。

そして、そのじぶん自身を指し示すもの、

それこそが「名前」です。

加えて言うなら、

わたし達は自分の本当の名前を見失ってきてしまっています。

だから今、「名前」を手掛かりにしてそれを深く深く自分の内側に掘り下げ、

自らの「源泉」(創造性、本質、霊性、精神性)と再び「ムスビ」直すこと、そしてその本質を生きる(霊性を取り戻す)ことが目指されます。

現実(物質主義)に目を奪われすぎ、自分の本質から切り離されていた(「千と千尋の神隠し」の千尋やハクのように、じぶんの本当の名前を失った状態)事に気づき、

そこから脱出して「源泉」との関係をむすび直して、本来の自分自身をしっかりど取り戻しましょう。

このような意識が、

あなたの目の前の現実を産み出していきます。

なぜなら、前にもお伝えした通り、

この世界は精神によって産み出されている原則があるからです。

そうした世界に辿り着きましょう。

それをナビゲートするのが、「名前」を羅針盤とする「福を呼ぶ文字処Scye」です。

「福を呼ぶ文字処Scye」は、一切の政治・思想団体、宗教団体とは関係ありません。わたしがご提供するエナジー・カリグラフィー/TENSYO及びコンサル/セッション等は医療行為ではなく、またその効果については個人的なご感想でありそれを保証するものではありません。