「福を呼ぶ文字処Scye(サイ)」のHPへようこそ!

 

『あなた自身を地球上の魂と考えて、 あなたの使命とどのような方法で、 ひとりの人間が世界をより佳くできると思いますか?』

この問いかけに・・・

わたしは、

「名前」❌「文字」

という方法で応えます。

大いなるものに生かされ日々を営みながら、次世代へとつなぎ、

感謝と、未来の安寧と幸福を願う祈りを言葉に込めてことほぐ。

その「想い」を、

「名」持つ力に託し、

「文字」というカタチに落とし込むと、

そこに「本質」に触れる力が孕まれ、それがあなたそのものが産み出されることとなる。

こうして、あなたの創造性を通路に、この「世界」に働きかけることが可能となります。

『自分では主体的な判断を下さず、常に多数派の意見や考え方をそのままコピーして生きているような人たちを。彼らは宮崎駿のアニメで言うなら「カオナシ」のような人たちが多い世の中です。

そうした世俗的な価値観だけを縁(よすが)とし、それによってしか自分という存在を維持できない人たち。こういう人たちのことをここでは「他者化した人々」と呼んでみよう。』(独特の宇宙論を展開している半田広宣氏の認識をお借りしています)

要するに何が今求められているかというと、

自らを起点とした内発的な行動や価値を生み出すこと、そして、それが今までとは異なる行動様式を生み出すことだと言えましょう。

あくまでも重要なことは、自らを発露とする「意識」をどう手に入れていくかということのようです。

その意味でも、自分の中にある「根源」との絆を、再びつなぎ直すことが肝心なのです。

「意識が変われば世界は変わる」

  黄金律 

 21世紀は「いのちの時代」 

と言われる今だからこそ、

今まで当たり前だと思っていた「意識」そのものを、

「いのち」や「生きる」、あるいは「認識」という言葉をキーワードにして、一度きちんと捉え直す必要があると思うのです。

つまり、意識そのものの真実の姿を捉え直し、わたし達がこの世をどのように認識しているのかを再点検するということです。

どの立ち位置(視座・認識)でこの世を見るかによって、

物事は全く異なった風景を見ることができるようになります。

「不幸だと思っていた」ことがひっくり返って、実は「不幸ではないこと」という新しい姿で出現することさえあります。

この取り組み方は、もしかしたら遠回りのように見えるかもしれません。

遠く夢見がちな自分自身を律して、目の前に繰り広げられる事象をしっかり見ていきましょう。

でもご安心ください、

必要なヒントとアイテムは既に整えられています。

あとは、

それを手にして、あなたがどうアクションするのかです。

だから、

先人達は次のように言うのです。

『されば、今日をよく生きよ!』

 

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今日この日を見よ、それこそが人生、人生の最良のもの

その束の間にあらゆる現実と真実がある

成長の喜び、

行動の輝き、

力の栄光。

昨日は記憶にすぎず、

明日は空想にすぎぬ。

だが今日をよく生きれば全ての昨日は幸福な記憶となり、

すべての明日は希望の後継となる。

されば、今日この日をよく生きよ。

                  「サンスクリットの讃歌」

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だからこそ・・・

かの分析心理学者である

C・G・ユングの言葉を借りるならーー

『・・・もしこの世の中をより良い場所にしたいなら、    まず、我が家から、自分自身の心の庭から始めなければならない・・・』

と言う事が重要なポイントとなるのかもしれません。

視線をはるか未来や他の次元などの、

あらぬ方向に注ぐのではなく、

ともかく足元です。

このやり方は、もしかしたら遠回りに見えるかもしれませんが

まずは、

目の前に繰り広げられる現実からしっかり見ていくことにしましょう!

「意識」という大海原へと漕ぎ出そう!

わたしは「意識が変われば世界が変わる」と先にお伝えしました。

しかし、「意識」という大海原へ漕ぎ出すと言っても、そこはあまりにも広大すぎます。

しかもそれは、今までと同じように「外側」へ開いていくのではなく、

「新しい視座」を手にして、今までとは逆の方向に「反転」させ、

あくまでも「内側」へと開いていこうとする大航海なのです。

でも何れにしても、

ともかく『まず己の足元を掘れ』です。

「己の足元」つまり自分自身です。

そして、

その自分自身を指し示すもの、

それこそが「名(前)」です。

わたし達は自分の本当の名(前)を見失ってきてしまっています。

だから今、「名(前)」を手掛かりにしてそれを深く深く自分の内側に掘り下げ、

自らの「源泉」(創造性、本質、霊性、精神性)と再び「ムスビ」直すことが目指されます。

現実(物質主義)に目を奪われすぎ、自分の本質から切り離されていた(「千と千尋の神隠し」の千尋やハクのように、じぶんの本当の名(前)を失った状態)事に気づき、

そこから脱出して「源泉」との関係をむすび直しましょう

それをナビゲートするのが、「名(前)」を羅針盤とする「福を呼ぶ文字処Scye」です。

「福を呼ぶ文字処Scye」は、一切の政治・思想団体、宗教団体とは関係ありません。わたしがご提供するエナジー・カリグラフィー/TENSYO及びコンサル/セッション等は医療行為ではなく、またその効果については個人的なご感想でありそれを保証するものではありません。