「啓蟄」

春を呼ぶ雨が降っています。室内温度21、4度の今日。

春はもうそこまで、

カンヒザクラも咲き始めました。

高校入試は2日目です。

あの頃のわたしは、

どんなことを考えていたのだろう?

立春

新しい年がスタートしたと思ったら、もう立春です。

昨日の節分、そして今日の立春は冬と春を分ける大きな節目。

なので、、、

福をよぶ「ことだまの書」のお稽古を今日からスタートしました!!

自分の手から伝わるパワーを真っ白な和紙に、墨色で留める

いわばフィックスの作業です。

刻まれた文字の形は、

あなたに福をもたらすツールとなります。

それほどに、文字には力があるのです。

「心」のTENSYO

庚子(かのえね)は、スタート、一新の年

新しい年がスタートしました。

どんな気持ちで新年をお迎えでしょうか?

宮古島には川はないのが少し寂しい。(こちらは、フォトグラファーの写真をお借りしています)

わたしは今年、某所に「初水」を取りに行きました。Facebookをご覧くださいね。

https://www.facebook.com/tenreika/videos/2718538761570562/

とても綺麗な場所で、気持ちが良いのです。

昔の人々は、ここから湧水池のある断崖の下まで降りてその年初めての水を組み上げ、神様に奉納していました。

首里城は焼失しましたが、それでもお水は献上されています。(行事がありました)

それほど、お水は人間が生きていく上で重要なものですよね。

今年はどんな年にしたいですか?

わたしはより焦点を合わせて、本当のチャレンジをしたいです。

でも、本当の、、、って一体なんなのでしょう??

「じぶん開花のお名前セラピー」

名前には、あなたを幸せにする秘密が隠されています!

長い間じぶんの名前が好きでなかったわたしが、あなたに寄り添い、よりじぶんらしく花開くことをお手伝いします。

知って、見て、それを筆で書いて。。。

そう、筆によってじぶんの名前を真っ白な和紙にフィックス(固定)することで、そのイメージをあなたのからだにインストール。

キーボードで入力するよりはるかに目標達成率が高いことは、ゲイル・マシューズ教授が実証しているそうです。

和のこころで、もう一度じぶんの名前を見直してみましょう。

きっとじぶんがもっと好きになるハズですよ。

お問い合わせはこちらから・・・。

あの中村医師、逝く

アフガニスタンで35年もの間、現地の人々のために医療の領域にとどまらない活動をされてきた中村哲医師が、何者かに銃撃されて亡くなった。

わたしの父親がアフガニスタンの子供達の支援をしていたことがあり、そのご縁もあって父親の逝去の時には、香典返しはせずそれを中村医師の活動母体であるペシャワール会にお送りした。

そんなこともあって、いつも中村医師のことは気になっていたのだが、、、。

現地の人と働き、現地の人と語り合い、医療だけでは人を救うことはできないと語り、今そこに何が必要かを考えてお一人頑張ってこられた中村先生。

それが襲撃によって此の世を去るとは、、、。

神様のご意図はどこに、、、と、なんとも遣る瀬無い気持ちです。

ご冥福を心からお祈りいたします。

http://www.peshawar-pms.com/

見えないけれどあること

宮古島の下崎地域の井戸には、まだ水が湧いている

12月1日はわたしの祖父の祥月命日だった。

祖父はわたしがまだ幼い頃になくなったのだけれど、当日のことはなぜかよく覚えている。

弟と二人、居間の仏壇の前に布団を敷かれて寝かされていた。

親戚の大人たちが集まったその夜に祖父はあちら側へと旅立った。

大人たちは子どもに不安を与えないようにと、わたしと弟は先に寝させられたので、祖父が旅立ったその瞬間はわからなかったのだが、、、。

どのタイミングかはわからないが、確かに「ド、ドーン!」と鳴り響く音を聞いたことは今でも覚えている。

ずっと後になってからのことだが、祖父がなくなった瞬間に、わたし達が寝ていた仏壇の前に、火柱が立ったというのだ。(でも、不思議なことに焼け跡はなかった)

それから、これもずっと後になってから聞いたことだけれど、祖父が亡くなる日の夕方に、わたしの実家の(つまりわたしが成人するまでいた家だけれど)玄関の前に、二つ盆提灯のような提灯にあかりが灯っていたという。(もちろん12月だから盆提灯などは掲げられていない)

こんな風に世の中には不思議なことがあるのは、きっと誰もが一度くらいは体験しているだろう。

目に見えない事象があることをもろ手をあげて承認することは難しいけれど、でも体験に知っていることは少なからずあるわけだ。

だから、どうやらこの世には説明できないことがあるようだ、、、ということくらいは言えそうだ。

祖父の命日に、そんなことをふっと思ったのでした。

11月23日は・・・

日本のカレンダーでは、勤労感謝の日。

ちょうど西洋でも、ハロウインの季節でもありますね。

ところで、勤労感謝の起こりは、旧暦11月の第2卯の日(新暦12月中旬ごろ)に行われていた「新嘗祭」とか。

https://www.youtube.com/watch?v=nfS6AdVFda4

「新嘗祭」は、新穀を神様に捧げ、その年の収穫に感謝する儀式で、昔は、穀物を献納し、神様に新米を供えて初めて、人も新米を食べることができたのです。

今でも、お酒を飲む時にまず1滴お酒を土地にたらしてから召し上がるという風習があるところもあると聞きます。


「新嘗祭」は皇室では、宮中祭祀の中の最も重要なものとされているとのこと。

天皇陛下が、神嘉殿(しんかでん)において新穀を皇祖はじめ神々に供え、神恩を感謝された後、陛下自らも召し上がる儀式が執り行われています。

まあ、国民を代表する形でそうした儀礼を継続してきているのでしょう。


こうして、一年中の全体の節目を見ながら、様々な文化行事が行われていくのも、日本には季節に対する意識がかなり強いからと言えそうです。

四節期と言われる節目節目を古くから意識してきた日本人。

ややもすればわたし達はそうしたことを忘れがちですが、この宇宙や自然と共にあることを思えば、やはり自然の移ろいを節目の行事として「見える化」してきたのも、

日本人の美意識とは言えないでしょうか?

麻と絹のこと

11月14~15日に開催される「大嘗祭」。天皇陛下による初めての 新嘗祭であり、 阿波(徳島)の麻織物「麁服(あらたえ)」と三河(愛知)の絹織物「繪服」が神座に祭られ、 織物は神がひょう依する「より代」となり、 五穀豊穣を祈ります。

大麻(おおあさ)と言うと、

何かとよろしくないイメージがつきまとう今日この頃ですが、、、

麻の貢献度は大変高いのです・・・

第一、今回行われる「大嘗祭」では、この大麻の織物と絹織物が神座に祀られて「よりしろ」となるのですから・・・

それに、、、

大麻は太古の昔から、私たちの暮らしに一番近い存在だったのです、、、。(麻福さんのサイトから引用させていただきました)

人の歴史とともにあった

この大麻のことを

こちらではこう書いておられますので、ご参考までに、、、

http://www.chie-project.jp/memories/story11.html

予知夢

夢をよく見ます。

すっごく前にも、この絵のような感じの夢を見ました。

まるで、出エジプト記のようでした。

わたしは何時も夢を無意識からのメッセージとしてありがたく受け取っていますが、その内容は多様です。

その中でも、いわゆる予知夢というのというのがあるのですが、

一昨日の夢もそんな内容でした。

そんな時は、その夢のメッセージに従ってアクションしてみます。

ピンポーン、の時もありますが、ブッブーの時もあります。

それでもいいんです。

要するに、自分の無意識にアクセスしてそれを具体的に動いた時の結果を

また観察するのです。

そうすると、次が見えてくるものです。

いろんなことがプロセスしている

昨日の首里城消失

大学入試の英語試験次春実施の延期

オリンピックマラソンが東京開催が札幌へと変更

天皇の代替わりなどなど、、、

いろいろなことが

なんだか急にプロセスし始めた

何かがシフトして行っている

これをなんとする・・・?

「りんご」に寄せて

若い頃仕事場が一緒だったかつての上司から、美味しそうなりんごが送られてきた。

りんごにも、こんな風に文字が書けるのね、、、。

りんごといえば、思い出されるのはアダムとイブ。

イブは、蛇の甘言に乗りその実を食したために、結果天上の神から楽園を追放されたことはどなたも一度くらいは話として聞いたことがあるだろう。

これは一体どういうことを言っているのか、、、。

考え方は様々にあるけれど、つまり、物語として人類の遺産となった多くの伝承などにあるその奥の伝えたい本質は一体なんなのか、、ということだ。

なぜ大古の人々は、「物語」というスタイルを生み出したのか。

そもそも、それも不思議なことだ。

もっとダイレクトに伝える方法だってあっただろうに、

あえて、「物語」としたのにはきっと理由があるハズだ。

そうして考えてみると、

今回のこの届けられた「りんご」がもたらしたものは、

単に時節の挨拶ということだけでなく、

このタイミングで届けられた「意味」はどこにあるのだろうか、、、と

いらぬお世話のことなんかも考えたくもなるのが、年の瀬近くの今日なのかもしれないわね、、、。