「じぶん開花のお名前セラピー」

名前には、あなたを幸せにする秘密が隠されています!

長い間じぶんの名前が好きでなかったわたしが、あなたに寄り添い、よりじぶんらしく花開くことをお手伝いします。

知って、見て、それを筆で書いて。。。

そう、筆によってじぶんの名前を真っ白な和紙にフィックス(固定)することで、そのイメージをあなたのからだにインストール。

キーボードで入力するよりはるかに目標達成率が高いことは、ゲイル・マシューズ教授が実証しているそうです。

和のこころで、もう一度じぶんの名前を見直してみましょう。

きっとじぶんがもっと好きになるハズですよ。

お問い合わせはこちらから・・・。

「りんご」に寄せて

若い頃仕事場が一緒だったかつての上司から、美味しそうなりんごが送られてきた。

りんごにも、こんな風に文字が書けるのね、、、。

りんごといえば、思い出されるのはアダムとイブ。

イブは、蛇の甘言に乗りその実を食したために、結果天上の神から楽園を追放されたことはどなたも一度くらいは話として聞いたことがあるだろう。

これは一体どういうことを言っているのか、、、。

考え方は様々にあるけれど、つまり、物語として人類の遺産となった多くの伝承などにあるその奥の伝えたい本質は一体なんなのか、、ということだ。

なぜ大古の人々は、「物語」というスタイルを生み出したのか。

そもそも、それも不思議なことだ。

もっとダイレクトに伝える方法だってあっただろうに、

あえて、「物語」としたのにはきっと理由があるハズだ。

そうして考えてみると、

今回のこの届けられた「りんご」がもたらしたものは、

単に時節の挨拶ということだけでなく、

このタイミングで届けられた「意味」はどこにあるのだろうか、、、と

いらぬお世話のことなんかも考えたくもなるのが、年の瀬近くの今日なのかもしれないわね、、、。

あの中村医師、逝く

アフガニスタンで35年もの間、現地の人々のために医療の領域にとどまらない活動をされてきた中村哲医師が、何者かに銃撃されて亡くなった。

わたしの父親がアフガニスタンの子供達の支援をしていたことがあり、そのご縁もあって父親の逝去の時には、香典返しはせずそれを中村医師の活動母体であるペシャワール会にお送りした。

そんなこともあって、いつも中村医師のことは気になっていたのだが、、、。

現地の人と働き、現地の人と語り合い、医療だけでは人を救うことはできないと語り、今そこに何が必要かを考えてお一人頑張ってこられた中村先生。

それが襲撃によって此の世を去るとは、、、。

神様のご意図はどこに、、、と、なんとも遣る瀬無い気持ちです。

ご冥福を心からお祈りいたします。

http://www.peshawar-pms.com/

見えないけれどあること

宮古島の下崎地域の井戸には、まだ水が湧いている

12月1日はわたしの祖父の祥月命日だった。

祖父はわたしがまだ幼い頃になくなったのだけれど、当日のことはなぜかよく覚えている。

弟と二人、居間の仏壇の前に布団を敷かれて寝かされていた。

親戚の大人たちが集まったその夜に祖父はあちら側へと旅立った。

大人たちは子どもに不安を与えないようにと、わたしと弟は先に寝させられたので、祖父が旅立ったその瞬間はわからなかったのだが、、、。

どのタイミングかはわからないが、確かに「ド、ドーン!」と鳴り響く音を聞いたことは今でも覚えている。

ずっと後になってからのことだが、祖父がなくなった瞬間に、わたし達が寝ていた仏壇の前に、火柱が立ったというのだ。(でも、不思議なことに焼け跡はなかった)

それから、これもずっと後になってから聞いたことだけれど、祖父が亡くなる日の夕方に、わたしの実家の(つまりわたしが成人するまでいた家だけれど)玄関の前に、二つ盆提灯のような提灯にあかりが灯っていたという。(もちろん12月だから盆提灯などは掲げられていない)

こんな風に世の中には不思議なことがあるのは、きっと誰もが一度くらいは体験しているだろう。

目に見えない事象があることをもろ手をあげて承認することは難しいけれど、でも体験に知っていることは少なからずあるわけだ。

だから、どうやらこの世には説明できないことがあるようだ、、、ということくらいは言えそうだ。

祖父の命日に、そんなことをふっと思ったのでした。