宮古島のこと・琉球古民家のこと

古くからの文化が息づく宮古島

沖縄本島の離島であるここ宮古島は、他の地域とは異なった様々な文化がまだまだ豊かに息づいている場所です。

しかしながら今となっては、伝統的な建築工法の「赤瓦」屋根の家は、ほとんど市内では見られなくなってしまいました。(その意味で、Scyeの母屋は街なかに残る奇跡とも言えます)

また、他の地方と同じように日々の暮らしは近代化されてきていますが、昔の暮らしを彷彿とさる貴重な風景や文化は、かろうじて残されています

特に昔から語り継がれ、そして今でも営まれてきている季節の節目にある地域の行事は、先祖への感謝の想いに支えられていて(地域の人々の助けも借りながら)女性たちの頑張りで継承されてきています

島立の神「コイツヌ、コイタマ」のご夫婦神をお祀りしている「漲水御嶽」
漲水御嶽うたきの由来については、以下をご参考にどうぞ・・・
https://miyakojimabunkazai.jp/bunkazaiinfo738/

築65年の奇跡!

そんな島の中にある「福を呼ぶ文字処Scye」は、

宮古島の中でもすっかり珍しくなった、伝統的な在来工法による赤ガーラ(赤瓦)の琉球古民家です。

ここは戦後建てられ、今も現役という貴重な建築物です。

こうした建築物は、周辺の村部はもちろんのこと、街中ではかなり珍しい風景となっています。

「翁と媼」

その意味でこの家は、いわば・・

「ご長寿おばぁ」(媼・おうな)とでもいえるでしょう。

 

 

女性と家 その象徴性とは?

関西地方では、古くは女性のことを「家刀自」と言っていたそうで、沖縄でも奥様のことは「トゥジ」と言っていますから、同じ意味と思われます。

そのことから、家と女性の結びつきは、男性とは比較にならないほど強かったのではないか?という説もあります。

『古代から中世に至るまで、日本の結婚が招婿婚であったことからか、女性が家を離れなかったのは、どうやら呪術的に家を離れられなかったのではないか』(参考:吉野裕子「増補・日本古代呪術」)という研究もあるように、

家自体が古くは「呪物」として考えられていたような事も伺えるのも面白いですね

「男は外、女は家」という、一見前近代的に見えることも、実は、それなりに意味が込められていたのかもしれません(今となっては、こんなこと言ってたら時代遅れと言われそうですが・・・汗)

「琉球古民家」の空間で過ごす =「ゆくい」

宮古島ではゆるりと過ごすことを「ゆくい」と言い表します。

なのでここでは、

宮古島の月桃茶モリンガなどハーブティーを

無料でご自由にお楽しみいただけます!

それらは、「カフツ(自宅の庭)に自生しているものから手作りしたもので、もちろん、無農薬栽培

建物を取り囲むようにして植えられている大きなフクギ(福木)は、

常に青々として豊かな樹冠を保っていますし、何より台風の風と雨からこの家を守ってくれています。

科学が発達していなかった古き時代にあっても、生きるという上での知恵を働かせていた証しと言えます

宮古島の市街地に奇跡的に残されてるこの琉球古民家は、島の人々にとっての「原風景」のようなもののようで、

「まるでオバーヤー(おばあちゃんの家)に来たみたいだ」とよく言われます。

伝統工法での「一番座」は、いわゆる客間です。そしてそこには離島には珍しい欄間も・・・

この家の主人が豊かな暮らしをしていたことが伺えます。
(こうした家のことを宮古島では「うやきやー(お大尽)と言います)

一番座には、

京都・貴船神社奥宮さんから賜った(龍の目のように見える)ご神木(とわたしは思っています)が静かに見守っています。

 

 

 

この家もアマハジこそありませんが、この図と全く同じ間取りで建てられています。

その一番座に座り、

豊かで芳しい「お香」を燻らす心落ち着いた空間でひと時をお過ごしいただけます。

このまたとない空間を宮古島を楽しむもう一つの方法としてご活用いただき、
ご来島をしばしゆるりとしたお時間でお過ごしされることをご提案しております!!!

あなたのお越しを心からお待ちしています。

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