「いろは・ひふみ合氣呼吸書法会」お稽古場・ご案内

「言霊(ことだま)」が幸わう国・日本

万葉集の柿本人麻呂の歌に、

「しきしまの大和の国は 言霊の幸(さき)わう国ぞ ま(さき)くありこそ」

があります。

言霊の幸はふ」とは「言葉の力で幸せをもたらされる」を意味しているそうです。

わたし達日本人の存在の根源と深くかかかわっている「やまと言葉」については別名「倭語」と書き、漢語に対するものだそうです。

一番古い言葉である「やまと言葉」は、日本人であることの根源的なことに関わるものでもあります。(因みにここ宮古島のある地域には、平安時代の言葉が今も残されていますよ)

一般的に物事の基本やはじまりを「いろは」になぞらえて言いますが、なぜ基本やはじまりを「いろは」でいうのかを知っている人は意外に少ないのではないでしょうか?

人が人としてあるためには、まず「言葉」が重要です。

文字もまた人が歴史や文化を伝えるのに不可欠なものとしてありますし、そのおかげでそれらによって後世に様々な文化の多くが伝えられてきています。

日本人の言葉のルーツである「いろは歌」の具体的な起源の定説はありませんが、有力な説は真言密教の開祖である空海(774〜835年)であると言うものが一般的ですがこれは疑問視されてもいるそうです。

ただ、表音語である「いろは」に、言葉としての意味をもたせた人間が空海であると言う説はかなり説得力を持つものでしょう。

そうした経緯を持つ「いろは歌」を通して、その根本のところを日々意識することが、わたし達一人ひとりの幸せを手元に引き寄せられることになるのだとしたら、これは取り組まないと、、、ですよね!

それを書という方法で取り組むのが「いろは・ひふみ合氣呼吸書法」です。

「いろは・ひふみ」との出会い

実はこの「いろは・ひふみ」との最初の出会いは、京都在住時代でした。それは京都府亀岡にある「元出雲大神宮」で行われた「ひふみの集い」に友人から誘われて出かけたのがきっかけでした。

筑波大学准教授として言葉の研究者でもある「ひふみともこ(一二三朋子」さんに降ろされた、「神から人へ」そして「人から神へ」などの著書にまとめられた(自動書記だったようです)天とのやりとりから分かった「いろは」そして「ひふみ」の意義。

それは彼女の著書の中にも示されていますが、その「言霊」を唱えよ広めよというのです。

    

「いろは」は「神から人」へという下降のエネルギー

そして「ひふみ」は、「人から神へ」という上昇のエナルギーのようです。

なんと!2つでひとつの「言霊」です。ここにもデュアル(双対性)が顔を出していますね。(どうやら、片方だけではダメのようなんです。2つでひとつです。これで全体です。)

しかも、それぞれに古事記に出てくる逸話としての「神格」が込められていると考えられます。(私見ですが、この話はまた別の機会にでも・・・)

さて、その頃のわたしはそれを筆で書くということはしていませんでしたが、ひふみともこさんのお話の中で、これらの言霊の持つ特別な意義のようなものが感じられたのでした。

実は沖縄に移住してからあるカンカカリヤー(神人)がわたしに示されたのは、この2つを(つまり、「天」と「地」)の和合をとるということでした。

しかも、そこにはわたし自身の「名前」が関わってくるというなんとも意味深な「かんのうくい(神の御声)」(宮古島ではカンカカリヤーが伝える内容のことをこのように表現します)でした。

「氏名(名前)」は「使命」と言っているわたしですが、その使命を果たすことが具体的には何をすべきなのかはさっぱり分かりませんでした。

それに具体的に取り組む方法はないかと模索していた最中で出会ったのがこの「いろは・ひふみ合氣呼吸書法」なのでした。

それ以降わたしは「いろは・ひふみ」を取り組むべきこととして書き、

また、合宿に参加するなどして細々とですが今も書き続けてきています。

まだ一万枚には至っていませんが、地道に書き続けていきたいと願っています。

 

そんな折から、

これを「時きたり!」というのか、グッドタイミングというのかは分かりませんが、令和2年から突然この世に現れた新型コロナウイルス

それが全世界を震撼とさせていて、しかも日本全国、特に都市部やここ離島での医療体制逼迫への危機感も増している今、

この書法で自衛作戦として取り組むことの意義を強く感じたという次第なのです。(それが、この国の、この島の医療崩壊を防ぐ強力な策になるのだとしたら尚更のことですし、何より自分でできるというのがいいと思うのです!)

書法会からのご報告によれば、この「いろは」と「ひふみ」を唱え、書いておられる皆様方は、お元気に過ごされているとのことです。

「いろは・ひふみ合氣呼吸書法」 による 「書」 とは

「いろは・ひふみ合氣呼吸書法」は、1982年(昭和57年)に東京神田の三省堂書店画廊で開催された第一回個展を皮切りに、今日まで40有余年の間「いろは歌」(現在では「いろは・ひふみ」)を書き続けてきた山本光輝氏の提唱する書法です。その「書」は「いろは・ひふみ合氣呼吸書法」により揮毫されたものを指します。

山本光輝プロフィール前衛書家、いろは呼吸書法家

 

以下、「書」についての山本光輝氏の言葉を著書から引用してお伝えいたします。

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書は線の芸術という。

線は点(てん・ぽち)の奇跡である。

点が動くと、その奇跡として線が現れる。

点の動きは、書き手の意志のみで動くのではない。

点は、書き手の無我、無心、無常の意志と融合一致した時、

点に内在する偉大なる意志の力が現れる。

その偉大なる意志が、わが腕・筆を動かす。

わが腕・筆は、偉大なる宇宙意志と一体となって

書としての神名(かむな=かな)文字を表出させる。

書の線は、流体(龍体)となって文字を描き出し、

龍神の働きとなって神々の御名(かな文字)となって示現させる。

これが「いろは呼吸書法」である。(山本光輝:2008年5月、この時点では「いろは呼吸書法と表現)

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「いろは・ひふみ合氣呼吸書法」お稽古場

山本光輝氏が提唱する「言霊」の「書」として「いろは・ひふみ」を筆で書く体験していただく場所として「福を呼ぶ文字処Scye』では、この空間を『いろは・ひふみ合氣呼吸書法』のお稽古場として開放しています。

必要なお道具などすべてこちらにご用意してありますので、手ぶらでお出かけください。(念のため、汚れても良いような普段着でお越しください)

また、お一人お一人のご都合に合わせて「いろは・ひふみ」を筆で書くお稽古が可能です。(お稽古というイメージではなく、わたしとご一緒に書きましょう!)

テーブル席でお稽古をご希望の場合は、こちらでお稽古できます。  

 

 

 

また、畳のお部屋で正座でのお稽古をご希望の方には、琉球古民家の母屋で畳の空間でお稽古が可能です。(こちらの空間は、琉球古民家の一番座です)

 

   

こちらに上記↑ の「二月堂机」と

お座布団をご用意いたします。

わたしの父(荒井幸一郎;故人)の遺作である「龍」の日本画(下絵)と、

京都・貴船神社奥宮さんから賜った(龍の目のように見える)ご神木(とわたしは思っています)が静かに見守る琉球古民家の一番座

一番座とは、沖縄の在来工法で建てられた家の間取りのうち、今風に言えば客間です。

この家もアマハジはありませんが、図と全く同じ間取りで建てられています。

その一番座に座り、豊かで芳しい「お香」を燻らす心落ち着いた空間でひと時をお過ごしいただけます。

難しいお作法などありません。どうぞお気軽にお越しください。

ご予約はこちらから、、、。

(新型コロナ対策については、お稽古場内での人数制限、マスク着用、アルコールによる消毒などに取り組んでの実施となります。)
『予防医学』 から見た 『いろは・ひふみ合氣呼吸書法』

「いろは・ひふみ」のこと

ところで今、皆さんは『「いろは」そして「ひふみ」って一体なんのこと?』と思われておられるのではないでしょうか?

「いろは」については「いろは歌」とか「いろは祝詞」と言われ、その起源は諸説あります。

一般的には空海さんの作と言われていますが、真偽の程は明らかではないのだそうです。(詳細はこちら

 同じく「ひふみ祝詞」は、「数え歌」として知られています。

「ひ、ふ、み、よ、い、む、な、や、こと・・・」と、お年寄りの方々は唱えていましたよね。(わたしのおばあちゃんもそうして数えていましたよ。)

ひふみ祝詞」はそもそも戦中に降ろされた『日月神示』『竹内文書』に見出されていたということなのですが、

それが神話の発祥地の幣立神宮のご神体である「鑑石」に刻まれていたという事実からわかることは、

この祝詞の重要性が人智を超えており、人の考えでは及びもつかないということではないでしょうか。

左の写真は神代文字の「ひふみ祝詞」/九州熊本にある弊立神宮の鏡石に神代文字(アヒル草文字)で刻まれている「ひふみ祝詞」です。

弊立神宮そのものが古い古い歴史を持つ神社ですから、この鏡石に刻まれている神代文字も同じように古い歴史を持つものと推測されています。

参照:『ペトログラフ・ハンドブック(ペトログラフ探索調査手帳)』吉田信啓著 中央アート出版社、petroglyph:ペトログラフはぺトログリフとも表記されます。)

個人的に思うことなのですが、

昔は権力者以外は文字というものを持たず、「音」のみのやりとりだったはずです。なので、民俗学などでこうした分野が扱われているのですけれど、大切なことを伝えるあるいは残しておきたいときには、凡そこうした「磐座」などで残されていることが多いのです。

有名な神社などの「禁足地」とか、地域で行ってはいけないと言われている空間には、こうした「磐座」が鎮座していることも多いです。

また同じように、大切なことは「歌謡」で伝えられてきています。(誰にでも覚えられるという意味で優れた音声メディアと言えそうです。「かごめ歌」などもそうしたものの一つですね。)

「ひふみ祝詞」は「ひふみよいむなやこと・・・」と47文字で構成されていますが、ひふみ祝詞を暗唱するという言霊暗唱の文化により、それが今の時代にまで継承されてきたものと考えられています。

しかし!

どうやらこれは、単なる数え歌でもなさそうなのです。

さぁここで・・・「いろは・ひふみ合氣呼吸書法」の登場です!

少し脇道にそれはしますが・・・、

病気になったら治すという『治療医学』に対し、病気にならないようにするのが『予防医学』ですが、 それに代表されるものは、自然治癒力(免疫力)です。

そしてそれを高めるのは、バランスのとれた栄養の摂取であり、良質なイメージを心に持つこととされています。

栄養については多くの分野で研究し尽くされた感がりますが、「良質なイメージを心に持つこと」についてはまだまだ科学のメスが入っていません。

では、どうしたらいいのでしょう?

心の中のイメージをまずリセットする方法

他の項目でもお伝えしましたが、わたし達はどうしてもTake(in put)に目が行きがちです。つまり、今の自分には何か足りないから、それに何かをプラスすることにしよう、、、という感じです。

でも、よく考えてみてください。

汚れたままのところにいくら良いものを持ち込んだところで、元々が汚れているわけですから、良いものが加わったとしても元の木阿弥で、そこには何の変化も期待できませんよね。

それには、まず汚れを落とす必要があることは誰でもイメージできます。そうしたら、新しく良いものを加えたらそれこそその力がうになりますよね。

それと同じに・・・

具体的にその新しい良質なイメージを手に入れるのにはどうしたら良いのでしょう?

それには、 まずは心にあるイメージをリセットする必要があります。

これがまたまた難しいことで、いわゆるリセットとか言葉で言ってみても、イメージをすっかり取り払い、何も考えない状態にするのはなかなかできないことは、皆さんもこれまでの体験からすでにご存知のことと思います。

しかし、「いろは」や「ひふみ」のように日本語の言葉としては意味がよくわからないものを声に出してみる時、そもそもがその意味がよくわからないし、考えようにも言葉としての意味をなしていないことから、頭で何かを考えようもないので頭の中は空っぽの状態となります。

「いろは・・・」と声に出しながら『今晩のおかずは何にしよう』とは考えにくいですよね。 しかも、「いろは・・・」と、唱えるだけで真っさらな状態になってしまうのですから、何年もの修行を重ねている方々には申し訳ないような気もします。

逆に言えば、神道の祝詞や日本語として意味の取れる種類のお経では、そうした真っさらな状態にはなれないのです。(だって、脳みそがそれを理解しようとして、どういう意味だんだろうかとそのことを考えてしまうんですから)

「声」は直接人間の五感に働きかける音声メディア

よく考えてみると、そもそも人間の暮らしの中でのやり取り、あるいはコミュニケーションをとる手段としては、文字が出現する以前から「音声」で会ったことは間違いなさそうです。

何より「声」は情緒や感情さえも聴くだけで分かってしまえるほど情報豊かなものですよね。(今は、声からストレス状態の変化も計測する技術も開発されているくらいです。)

実は、この「いろは」あるいは「ひふみ」を声に出して実践する時には、倍音(本来聞こえるはずのない高い声)が聞こえてくるのだそうです。(もちろん一人で実践していても倍音は出せるそうです。チベットなどで聞かれるホーミーという声の出し方でも、この倍音が出ています)

このバランスのとれた音の波動が、わたし達の身体の細胞内にある水分を振動させ、その振動によってダメージを受けた細胞が本来の姿に戻ると心身ともに健康になり「良質なイメージを心に持つこと」への準備が整うのだそうです。

因みに、お稽古場の番地は528−1

例の「愛の周波数」と言われる528Hzと同じ数字です!

ということで・・・

聴くだけで身体の不調を消していく音楽  愛の周波数 -528Hzの不思議-(You Tubeより)をどうぞ!

「いろは・ひふみ合氣呼吸書法」は深い呼吸の実践

「呼吸法」は最も大切な健康法として知られています。深い呼吸を身につけて実践すると不調が改善されます。近年流行の「マインドフルネス」などもその一つです。 この「深い呼吸」をする時に大切なのが、横隔膜です。 ここがしっかり動くのが「深い呼吸」の条件と言われます。(わたし自身もこれまでは「浅い呼吸」しかできていませんでした)

横隔膜は、胴体内部を横断する膜状の筋肉で、ちょうど丈の節のように胸とお腹の境界線で”しきり”となり、すぐ上に肺が接し、この筋肉が注射器のシリンダーのように上下に動くことで肺を伸縮させているのだそうです。

しかも、肺呼吸に必要な動力の7割は横隔膜が担っているということは、重大なポイントです。

「いろは・ひふみ合氣呼吸書法」の実践中は、この身体に良い「深い呼吸」の繰り返しなので、これはまさに『21世紀の予防医学』と言えると思います。

筆で書くことの意味

現代ではサムシング・グレイト(あるいは神)と表現することもある人智を超えた大いなる存在のことを、古代の人は「雷(ち)」と表現しました。 古代人は、大いなる目に見えない力を厳しい霊力「厳つ霊(いかつち)」と捉え、畏敬すべき神=雷(ち)と表現したそうです。

その畏敬すべき神である大いなる存在の御心(天意:愛)がコピーされたものを「風止魂」(フトタマ)といい、それが筆の穂先のように突き出たところに伝わってくるのだと言われます。

要するに筆の穂先も「風止魂」になるので、その意味で穂は天意を受ける依代(ヨリシロ)となり、「いろは」の文字を書くときに、天意が穂先に受け継がれ、次々と「風止魂」を生み出していると言われてきています。

この書法では、宇宙にあまねく充満している「言霊(ことだま)」のエネルギー体やサムシング・グレイト(あるいは神)と言われるものと共振・共鳴を起こすために声に出してその波動でそれらの名を呼びかけながら筆を動かします。

一音一音(「いろは」の四十八(よとや)文字)にサムシング・グレイトのエネルギーがわたし達の体に入り、腕を通り、筆の軸を伝わって、穂先カラスミの文字の線に現れているということなのです。

つまり、筆で書かれた文字にはサムシング・グレイト(あるいは神)のエネルギーが流れ込み、そこに現象化していると言えます。

なので、非物質であるサムシング・グレイトを紙の上に物質として顕すこと、つまり「神拓の書」ということになります。(保江邦夫・冠光寺流真法柔術家家元/医師・『神に近づくには、波長を合わせればいい』:風雲舎刊)

この聖なるものとの一体化を体験できるのが「いろは・ひふみ合氣呼吸書法」の実践です。

月に一度でもいいので、これを実践することでわたし達が健康で幸せな毎日を過ごせますように、「福を呼ぶ文字処Scye」はお稽古の場をご提供しております。

引用:「大宇宙と繋がる いろは・ひふみ(言霊)呼吸書法」(Kouki Library 光輝書法会刊・事務局より引用許可済み)

「福を呼ぶ文字処Scye」は、すべての宗教、思想、政治団体との関係はございません

 

 

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