ホトトギスさんがやってきた!

毎年のことですが・・・

この季節に必ずやってくるのは

ホトトギス

今朝も初鳴きを聞きました

「トッキョキョカキョク」ってね

裏切ることなくやってくる彼

自然の営みって

人間を裏切らない

彼らに見習わなくっちゃね

龍体文字 太占図

こんな時だもの・・・

せめてものプレゼントです。

龍文字とも龍体文字とも言われる

古代にあったとされる文字を記した

太占図です。

これで元気パワーをお送りします!

<バックには絵師・荒井幸一郎さんの龍図が配置されています>

龍体文字(龍文字とも言われます)

「むく」「つる」の文字です。

この二つで、「商売繁盛」につながるということです!!

そもそも、なぜこの文字を書き始めたのか、、、と言いますと

やんばるの「クスノキ」に金泥で揮毫しました。

すごく前に夢で「古代文字を習う」というのを見たことがきっかけと、

同じく夢で、

山の上に筆があり、その途中にミズタマ(御神殿にお供えする水を入れる容器)が置かれているというものでした。

筆で文字を書くということは、

豆色紙に、金泥で揮毫しました。

                   幼少期からしていましたので、すぐ納得できたのですが、、、

それにしても、この夢が何を伝えようそしているのか、、、

とても気になりました。

古代文字(神代文字)は、夢に従い幾つかの字体を模索しましたけれど、なかなかそれをなぜ自分が揮毫するのかの根拠に乏しかったのです。

で、つい最近なのですが、自分がよく夢の中で「龍」とであっていること、父親の最後の画業(日本画)で残されたみかんの作品がが「龍図」であったことなどから、この文字を書くようになったという訳なのです。

以前から、わたしが書く文字からは大きなエネルギーが出ていると、多くの方々から言われてきました。

それを検証のしようはないのですが、その道の専門家がおっしゃってくださっているので、それを信じて揮毫を続けていこうと思っています。

「啓蟄」

春を呼ぶ雨が降っています。室内温度21、4度の今日。

春はもうそこまで、

カンヒザクラも咲き始めました。

高校入試は2日目です。

あの頃のわたしは、

どんなことを考えていたのだろう?

立春

新しい年がスタートしたと思ったら、もう立春です。

昨日の節分、そして今日の立春は冬と春を分ける大きな節目。

なので、、、

福をよぶ「ことだまの書」のお稽古を今日からスタートしました!!

自分の手から伝わるパワーを真っ白な和紙に、墨色で留める

いわばフィックスの作業です。

刻まれた文字の形は、

あなたに福をもたらすツールとなります。

それほどに、文字には力があるのです。

「心」のTENSYO

庚子(かのえね)は、スタート、一新の年

新しい年がスタートしました。

どんな気持ちで新年をお迎えでしょうか?

宮古島には川はないのが少し寂しい。(こちらは、フォトグラファーの写真をお借りしています)

わたしは今年、某所に「初水」を取りに行きました。Facebookをご覧くださいね。

https://www.facebook.com/tenreika/videos/2718538761570562/

とても綺麗な場所で、気持ちが良いのです。

昔の人々は、ここから湧水池のある断崖の下まで降りてその年初めての水を組み上げ、神様に奉納していました。

首里城は焼失しましたが、それでもお水は献上されています。(行事がありました)

それほど、お水は人間が生きていく上で重要なものですよね。

今年はどんな年にしたいですか?

わたしはより焦点を合わせて、本当のチャレンジをしたいです。

でも、本当の、、、って一体なんなのでしょう??

「じぶん開花のお名前セラピー」

名前には、あなたを幸せにする秘密が隠されています!

長い間じぶんの名前が好きでなかったわたしが、あなたに寄り添い、よりじぶんらしく花開くことをお手伝いします。

知って、見て、それを筆で書いて。。。

そう、筆によってじぶんの名前を真っ白な和紙にフィックス(固定)することで、そのイメージをあなたのからだにインストール。

キーボードで入力するよりはるかに目標達成率が高いことは、ゲイル・マシューズ教授が実証しているそうです。

和のこころで、もう一度じぶんの名前を見直してみましょう。

きっとじぶんがもっと好きになるハズですよ。

お問い合わせはこちらから・・・。

「りんご」に寄せて

若い頃仕事場が一緒だったかつての上司から、美味しそうなりんごが送られてきた。

りんごにも、こんな風に文字が書けるのね、、、。

りんごといえば、思い出されるのはアダムとイブ。

イブは、蛇の甘言に乗りその実を食したために、結果天上の神から楽園を追放されたことはどなたも一度くらいは話として聞いたことがあるだろう。

これは一体どういうことを言っているのか、、、。

考え方は様々にあるけれど、つまり、物語として人類の遺産となった多くの伝承などにあるその奥の伝えたい本質は一体なんなのか、、ということだ。

なぜ大古の人々は、「物語」というスタイルを生み出したのか。

そもそも、それも不思議なことだ。

もっとダイレクトに伝える方法だってあっただろうに、

あえて、「物語」としたのにはきっと理由があるハズだ。

そうして考えてみると、

今回のこの届けられた「りんご」がもたらしたものは、

単に時節の挨拶ということだけでなく、

このタイミングで届けられた「意味」はどこにあるのだろうか、、、と

いらぬお世話のことなんかも考えたくもなるのが、年の瀬近くの今日なのかもしれないわね、、、。

あの中村医師、逝く

アフガニスタンで35年もの間、現地の人々のために医療の領域にとどまらない活動をされてきた中村哲医師が、何者かに銃撃されて亡くなった。

わたしの父親がアフガニスタンの子供達の支援をしていたことがあり、そのご縁もあって父親の逝去の時には、香典返しはせずそれを中村医師の活動母体であるペシャワール会にお送りした。

そんなこともあって、いつも中村医師のことは気になっていたのだが、、、。

現地の人と働き、現地の人と語り合い、医療だけでは人を救うことはできないと語り、今そこに何が必要かを考えてお一人頑張ってこられた中村先生。

それが襲撃によって此の世を去るとは、、、。

神様のご意図はどこに、、、と、なんとも遣る瀬無い気持ちです。

ご冥福を心からお祈りいたします。

http://www.peshawar-pms.com/

見えないけれどあること

宮古島の下崎地域の井戸には、まだ水が湧いている

12月1日はわたしの祖父の祥月命日だった。

祖父はわたしがまだ幼い頃になくなったのだけれど、当日のことはなぜかよく覚えている。

弟と二人、居間の仏壇の前に布団を敷かれて寝かされていた。

親戚の大人たちが集まったその夜に祖父はあちら側へと旅立った。

大人たちは子どもに不安を与えないようにと、わたしと弟は先に寝させられたので、祖父が旅立ったその瞬間はわからなかったのだが、、、。

どのタイミングかはわからないが、確かに「ド、ドーン!」と鳴り響く音を聞いたことは今でも覚えている。

ずっと後になってからのことだが、祖父がなくなった瞬間に、わたし達が寝ていた仏壇の前に、火柱が立ったというのだ。(でも、不思議なことに焼け跡はなかった)

それから、これもずっと後になってから聞いたことだけれど、祖父が亡くなる日の夕方に、わたしの実家の(つまりわたしが成人するまでいた家だけれど)玄関の前に、二つ盆提灯のような提灯にあかりが灯っていたという。(もちろん12月だから盆提灯などは掲げられていない)

こんな風に世の中には不思議なことがあるのは、きっと誰もが一度くらいは体験しているだろう。

目に見えない事象があることをもろ手をあげて承認することは難しいけれど、でも体験に知っていることは少なからずあるわけだ。

だから、どうやらこの世には説明できないことがあるようだ、、、ということくらいは言えそうだ。

祖父の命日に、そんなことをふっと思ったのでした。